幸不幸は誰かの意思だったり、努力の結果や運の良さで決まるものじゃない。自分で決めるんだ―若林理央(フリーライター兼エッセイスト)

今回、インタビューを行ったのは、フリーライター兼エッセイストとして活躍している若林理央さんです。

優しい笑顔が印象的な若林さん。「幸不幸は誰かの意思だったり、努力の結果や運の良さで決まるものではない。自分次第なんだ、ってことに気がついたんです。」と、若林さんは穏やかな口調で、自分のことを語ってくれました。

若林さんは自身のエッセイで「日常の幸福な瞬間」を綴っています。

しかし、その一方で、うつでの退職や入院、離婚といった経験をされています。

壮絶な人生経験を経た若林さんの「幸福」とは一体どんなものなのか。お話をお伺いしました。


<Profile>

若林理央

東京と大阪の二拠点生活を目指しているフリーライター兼エッセイスト。うつによる退職や離婚経験を経て、2013年から活動を開始。現在はエッセイ、書評、漫画家へのインタビュー記事などを雑誌やWeb媒体に寄稿している。


会社員として安定した毎日を過ごすのが”当たり前“なのに、それを手放さなきゃいけない。それが恐怖でした。


―若林さんは今、どんな時に幸福を感じますか?

日常のちょっとした風景に幸福を感じます。例えば、ベランダに出て「ああ、風が気持ちいいな」って思う瞬間。その瞬間に名前をつけるなら、「幸福」なのかなって。あとは好きな人たちと思いを共有している時ですかね。


―思いの共有ですか。

はい。夫や友人と話している時に、「あ、この人は私と同じ考え方なんだな」「この人は私と似た気持ちを抱いているんだな」と感じると「今、幸せだな」って思います。それがマイノリティだったり、珍しい意見だった時は尚更ですね。自分と同じ思いを共有できる人が、こんなに身近にいるんだな、って。


―若林さんはうつを発症したことによる退職や離婚など、大変な経験をされてますよね。どんな時に”生きづらさ”や”不幸”を感じていましたか?

“当たり前”を失うかもしれない、と感じた時ですね。うつによる退職や、前夫と離婚した時に強烈な不安感を感じたんです。その不安感は、退職や離婚によって、私の”当たり前”が奪われてしまうかもしれない。その恐怖から由来したものだったんじゃないかな、って、今では思うんです。


―恐怖、というと?

私が会社員として社会に出たのが、2007年くらいなんですけど、やっぱりその時って安定した人生を送るのが世の中の”当たり前”だったんです。安定した人生というのは、つまり、歴史ある企業に入って、定年まで勤め上げて、仮に転職しても、正社員で働く。それが世の中の常識、つまり安定した人生でした。私の両親が私に望んでいたのもそういった安定した人生だったのですが、うつで退職したとき、その”当たり前”が一気に崩れてしまったんです。「ああ、自分、世の中からドロップアウトしてしまったな」って思いました。会社員として安定した毎日を過ごすのが”当たり前“なのに、それを手放さなきゃいけない。それが恐怖でした。


―なるほど。

あとは、やっぱり離婚ですね。安定した結婚生活を送る、という価値観も、自分の中で大きかったんです。私は母が離婚しているんですけど、その離婚がとても苦しいものだったらしいんですね。だから、母は、私が結婚したら絶対に離婚しないように、って考えていたらしくて。私もその思いが大きかったんです。だから離婚の話が出た時は、すごくショックでした。相手のことも好きでしたし、何よりも離婚してしまったら、一人ぼっちになってしまう。仕事も不安定だし、当時は転職も難しい時期でした。人生が真っ白になる恐怖を感じましたね。その恐怖が、オーバードーズにつながって、医療保護入院も経験しました。


―それは・・・壮絶な経験をされていますね。

入院が決まった時は、とにかくパニックでした。入院拒否して出ようとしても、出口を固められて、鍵付きの個室に入れられて、そのまま入院って感じで。二ヶ月くらい入院したんですけど、入院中に同じような経験をしている仲間と出会いました。中には私より重いものを背負っている人もいましたね。一緒にお昼を食べたり、みんなで「早く出たいね」って話したりしました。仲間ができたんです。仲間と交流していると、皆そうだとは言い切れませんが、「一度、心の病になった人は、人の心の傷に敏感な人が多いんだな」って気がつきました。


―その経験を経て、”幸福”について見つめ直したことはありますか?

それ以前は「鬱での退職=不幸」とか「離婚=不幸」って思い込みがありました。今のようにベランダに出て「ああ、風が気持ちいいな」って思う余裕もなかったですね。


―うつの時は本当に気持ちに余裕がなくなりますよね。

そうなんです。友達と話していても、やっぱり私自身が会話に疲れてしまう。友達は私の気持ちを理解して、一緒に思いを共有しようとしてくれているのに、私にはその余裕もなかった。その余裕のなさが、自分自身の不幸に繋がってしまったかもしれないなって。でも、幸不幸は誰かの意思だったり、努力の結果や運の良さで決まるものじゃない。自分で決めるんだ、ってことに気がついたんです。


―幸不幸は、”出来事“で決まるわけじゃないってことですね。

そうです。自分の感じ方ひとつで変わるものだ、という実感を得ました。エッセイや小説では、私の壮絶な過去を書くことも多いんですけど、それと同時に日常で感じる”当たり前”を言語化して言葉にしていきたいんです。「幸せになりたい」と思っているどこかの誰かに、幸せは日常の中に転がっているんだよ、ってことが伝わればいいな、って


―若林さんのエッセイには、そういった周囲の世界への優しさを感じます。

でも、私としては意識しているわけではないんです。文章を読んで「優しいな」と感じてくださるなら、それは読者の方の経験がもたらすものだと思います。


―最近書かれていた朝ごはんの記事も、ちょっとした日常の風景が書かれていましたよね。とても繊細で、あたたかみがある文章でした。

ありがとうございます。それこそ、朝ごはんの記事みたいに「朝ごはんが美味しいな」とか「ベランダに出たら風が気持ちいいな」みたいな、何気ない日常の風景や感覚を言語化して、多くの人に読んでもらえるように書き続けたいですね。幸せは日常の中に転がっていることが読者に伝えていきたいです。


小説やエッセイを通じて「私が書いたこの小説を読んで、あなたはどう思いますか?」って対話できると嬉しいですね。


―今は個人個人で、スマホなどのデバイスを所有していて、無数にメディアがあるし、自分の家族や友人と「世界を一緒に体験する」機会が少なくなっています。遠い他者に目が向きがちというか。他人と世界を共有するのがどんどん難しくなっていますよね。

うーん。今、孤独だな、不幸だな、って思っている人も、スーパーとかコンビニで店員さんに「ありがとうございました。お疲れ様です」って声をかけるだけでも、その店員さんと喜びを共有できますよね。本当にちょっとしたことで、幸せを共有できる。自分の”当たり前”な日常の風景に、なにか表現する言葉を添えてみると、相手にもその思いが共有されると思うんです。それだけで、日常がちょっと変わりますよね。


―ああ、なるほど。

今までは知名度が上がること。成功することこそが「幸せだ」と思われていましたよね。「幸せになりたい!」と願って、名誉欲や私欲の満足を求める人はまだまだ多いですし。それに、自分が幸せを掴めないのは「社会や自分以外の誰かのせいだ」って思い詰める人が出てくるのは、今後も変わらないと思うんです。ただ、やっぱり、自分たちが口にする「幸せ」は、目の前の日常にあるんだ、ってことに気が付けば、もっと多くの人が幸福感を得られると思います。そして、同時に他者の幸せも願うことができる世の中になるんじゃないかな、って。


―若林さんは小説やエッセイを書かれていますよね。他者の幸福を願って創作することは、誰にでもできることなんでしょうか?

他者の幸福を願うっていうと、一見、すごい難しいことに思えます。でも、私はエッセイや小説を書いていて「自分の苦しみって結構共有できることなのかもしれないな」って感じるんです。程度の大きさは別として、自分の苦しみって、自分だけのことじゃない。私の小説は基本的に暗いんですけど、以前、読者の方が、「若林さんの小説は、今の世の中に閉塞感や苦しみを抱いている人にとって、必要なものなんです」って言ってくださったんです。だから、私も他者の幸福を願いながら書くというよりも、私が書いている作品が、今苦しんでいる人に寄り添えるものになればいいな、って思います。


―創作で自分と他人の苦しみが繋がる瞬間があるってことですね。

自分がどの状態で読むかも変わってきますよね。小説やエッセイを通じて「私が書いたこの小説を読んで、あなたはどう思いますか?」って対話できると嬉しいですね。つまり、普遍性のある苦しみについて、誰かと対話したいんです。対話しながら、身近にある幸せについて、他者と考えていきたい。小説やエッセイで苦しみに寄り添えたり、身近な幸福に気づいてもらえたら、それが私の”幸福”だなって思います。


ニソクノワラジ

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