好きな人の笑顔を見るのが、今の僕の幸福なんです。ー野瀨時貞(障がい者支援/脳性麻痺、先天性脊髄損傷当事者)

今回の幸福論ノオトでインタビューしたのは、野瀨時貞さん。

野瀨さんは脳性麻痺と先天性脊髄損傷を抱えつつ、自立生活センターで障がい者の支援の仕事をされています。

6歳の時から17年間、入院生活を送ってきた野瀨さん。最後の一年間は「地獄だった」と語ってくれました。

壮絶な経験を経た、野瀨さんの考える”幸福”とは?

インタビューはなんと”恋バナ”からスタートしました。


<Profile>

野瀨時貞

1996年生まれ。脳性麻痺と先天性脊髄損傷を抱える。鳴滝総合支援学校を卒業後、5年間のデザイン業を経て、現在は日本自立生活センターにて障がい者支援の仕事を行う。


僕は”当たり前”が幸せだと発信していきたいし、障がい者と健常者が同じ生活ができる社会を実現したいんです。


ー野瀨さんが、今、「幸福だなあ」という瞬間を教えてください。

好きな人と話している時ですね(笑)


ーいいですね。どんな方なんですか?

二歳下の人です。僕、仕事場で余計なことを言いがちで、悩んでいたんです。それで、その人に相談したら「私と話しているときにはなんでも言っていいよ。」って言ってくれて。


ーへえ。その時はどんな気持ちになりますか?

安心するし、それこそ幸せな気持ちになりますね。こんなに気を許して話せる相手は、久しぶりって感じで。今まではなるべく定時に仕事を終えたいと思っていたんですけど「仕事が定時を超えてもいいな」と思ったのは、その人がいるからですね。


ー好きな人がいると、”幸福”な気持ちになりますよね。

そうですね(笑)


ー野瀨さんは脳性麻痺と先天性脊髄損傷を抱えられていますが、”不幸”だったり生きづらさ”を感じる時期はありましたか?

僕は6歳の時から17年間、入院生活を送っていたのですが、最後の1~2年は絶飲食だったんです。その時は本当に地獄のような経験でした。


ー絶飲食とは?

鼻から管を入れて、栄養を摂取するんです。モノを食べれない、味わえないってことは、本当に辛いんです。


ーその経験を経て、”幸福”について考え直したことや、見つめ直したことはありますか?

当たり前に生活できているということを発信していきたいと思うようになりました。障がい者も健常者と同じ生活をする活動を全力を上げたいって。


ーやはり、障がい者と健常者が同じ目線に立って、生活するのは難しいんでしょうか?

うーん。以前に比べたら、だいぶ改善されたとは思いますが、やっぱりまだ根深い問題があると思いますね。


ーなるほど。

だから、僕も少しでも力になりたいんです。今は日本自立生活センター(通称:JCIL)で障がい者の方が病院や施設から出るお手伝いや、公共交通機関に誰でも乗れるようにする活動をしています。障がいがあっても、好きな人に好きな時に会いに行ける。それが普通の”幸福”だって思うんです。


ーコロナ禍で「好きな人に好きな時に会いに行ける」のは本当に貴重なことなんだと身に染みましたよね。

本当にそうですね。


ー野瀨さんはデザイン会社を経て、障がい者支援の仕事に就かれています。なぜ障がい者支援の仕事を選んだのでしょうか?

シンプルに恩返しがしたかったんです。自分もJCILに支援してもらった経験があるので、今の仕事を選びました。


ー実際に支援を受けた方からはどんな言葉をかけられますか?

「本当に野瀨くんの支援を受けてよかった」と言ってもらえたことがあって。その時はこの仕事を一生続けようと思いました。支援させていただいた方の笑顔を見れるように活動する。そして、好きな人の笑顔を見るのが、今の僕の幸福なんです。


”当たり前”が幸せだと発信していきたいし、障がい者と健常者が同じ生活ができる社会を実現したい。


ー今は重度障がいを抱えてしまった方が安楽死を選ぶ事件がニュースになったりしますよね。

安楽死に関しては、僕も難しい問題だと思っています。以前もNHKで、障がいを抱える方が海外で安楽死を選ぶ番組を放送していたんですけど、それは見方によっては安楽死を肯定してしまうような内容で・・・その内容はちょっとどうかと思ったので、NHKには抗議しました。


ー最近でも『さがす』という映画の題材になっていました。

僕は先天性ですが、中途障がいを抱えてしまった方もいるんです。そういった方々の苦しみは計り知れないものがありますよね。受け入れ難いし、本人が一番辛いと思います。


ー「家族の負担になりたくない」という理由から死を選んでしまうケースもあるみたいですね。

そうですね。今は重度訪問介護という家族の負担にならない制度もあるんです。だから、絶望しないでほしい。やっぱり前を向いて生きてほしいんです。


ーこれからの社会において、”幸せ”はどのように変化すると思いますか?

障がいがあってもなくても、対等な目線で、会話できたり、生活が送れる。そういう社会に変化すると、みんながより幸せになれるのかな、って思います。僕もそれを望んでいます。


ー対等な目線ですか。まだまだ社会には”隔たりの目線”があると感じますか?

そうですね。例えば「電車を乗る」という日常の行為ひとつにしても、健常者と扱いが違ったりするんです。例えば僕も日常生活で車椅子を使用していますが、鉄道会社の都合で30分くらい電車を待たされたり。


ーええ。そういったこともあるんですか。

そうですね。そんな時はやっぱり「なぜ普通に利用できないんだろう」って思います。逆に京都市営地下鉄だと、ちょっと発車の時間を遅らせても、対応してくれたり。そういった”隔たり”はあると感じていますね。


ーなるほど。

僕は”当たり前”が幸せだと発信していきたいし、障がい者と健常者が同じ生活ができる社会を実現したいんです。


ー野瀨さんの夢はなんですか?

元々、絵が好きだし、デザインの仕事をしていたので、やっぱりデザイナーになりたいという夢はありますね。それと同時に引き続き障がいのある方の支援もしていきたい。それに、友達とも何か一緒にやりたいとも思っています。


ーいいですね。

あとは、やっぱり好きな人に気持ちを伝えたいです。


ーこのインタビューが掲載されたら、先に意中の方に野瀨さんの気持ちがバレてしまうかもしれませんが(笑)

そうですね(笑)もうその時は腹を括って、思いを伝えます。

ニソクノワラジ

『働きながら、自分の生き方、居場所を模索する方々に、勇気をー。』 仕事をしながらでも、創り、表現をして、アイデンティティを世の中に発信し続ける複業クリエイターやアーティスト達。仕事をしながらでも、自分の居場所を見つけるために、日常の中で模索する社会人たち。ニソクノワラジは、仕事と創作活動、表現活動の両立に悩んでいる方などに 「仕事をしながらでも自分の居場所は作れるというメッセージを伝えます。

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