『生きづらさを、生きる力に変えた本』というテーマでコラムがスタートしました。
今回の著者は、ももはら久生さん。
取り上げる本は『違国日記』ヤマシタトモコ著です。
この作品に出会った頃の私は、大学を休学中で週6で3つのアルバイトを掛け持ちしていた。本屋で働きながら、本を読む時間なんてまったく取れず、日常に忙殺されていた中、『違国日記』はコミックスコーナーで、燦然たる輝きを放っていた。
違国日記、違う国とはどんな世界だろう。カバーに描かれている2人は一体どんな生活を過ごしているのだろう。何も知らない私は、少しドキドキしながら、入荷してきたその本を丁寧に陳列した。
本屋の仕事というものは、思っていた以上に過酷なもので、勤務が終わると、前のめりに倒れ込みそうになる時も少なくはなかった。
緑が生い茂る季節のある日、どうにもやりきれないことがあり、何かに救いを求めたかった、そんな時にまっさらな白地に描かれた彼女たちが私に手を差し伸べた。気がつくと、紙袋いっぱいに詰められた本と、軽くなった財布がそこにはあった。紙袋は自転車のカゴに入らなかったので、抱えて帰った。
違国日記の大筋は、人見知りな小説家 高代槙生と槙生の姉の遺児である 田汲朝の2人の共同生活を描いた物語とはあるが、この作品を同居譚だけで語るのはあまりにも虚しいと私は思う。何故なら、この作品は私たちの生活に存在する言葉にできない戦いを記録した作品でもあると私は強く思っているからだ。
違国日記を初めて読んだ時、何故だが涙が止まらなかったことを今でも鮮明に覚えている。田汲朝という少女に私は感情移入していたのだろう。
気がつくと、当たり前にあった日常は蜃気楼のように消え失せていて、もうそこには何があったのかわからなくなっている。そんな思いを朝は、亡くなった両親に対して抱いているのだと思う。休学中の私にとって、大学生活がまさしくそれであるように。
朝は、槙生という「大人らしくない」大人と暮らしていくうちに、たくさんの気持ちや言葉を獲得していく。好き、嫌い、嬉しい、悲しい、あれが欲しい、これがしたい、そして自分が何に傷ついているのか、何が悩ましいのか。様々なことに目を向け始め高校生になった朝は自らの意思で、この世界に存在する沢山の選択肢の中からやりたいことを選んでいく。自分をおいて死んでいった両親へ「ざまあみろ」と、虚空に向かって吠えているように感じた。きっとそれが、両親を突然亡くした朝ができる唯一の両親に対する餞なのだろう。
朝の母親である実里は、朝の記憶の中で常に自分のやりたいことを指し示してくれる存在として描かれている。しかし、槙生の記憶には「なんでこんなこともできないの?」と苦しく悲しい言葉を投げかける存在でもあった。実里がどのような気持ちで言葉を投げかけていたのか、故人である彼女は何も話さない。残された私たちは、故人が何を考え、何を思ってその言葉を私たちに投げかけたのか、何を働きかけたかったのか、何もわからない。
槙生は、突然一人になった朝の孤独には寄り添わない。それは、意地悪でもなんでもなく、彼女の「両親をいきなり失った」ということは、自分には寄り添えないものであると理解しているからだ。小説家である槙生は、朝に「その場しのぎの言葉」は与えない。その姿に、私は誠実とはこのようなものなのではないかと感じた。
私が考える誠実さとは、このようなものでありたい。
物語と私は、まるでこの2人のような関係性のように思える。
物語の力に、即効性はきっと存在しない。あなたは、私を簡単には立ち直らせてはくれない。あゆむ道を簡単には教えてはくれない。
だけど、確実に生きる力の源になっている。立ち直って、歩いた道を振り返ってみて初めてそのことに気づくのだと思う。
そんな愛おしく憎らしく尊い存在が私にとって物語で本なのだ。
このコラムの著者
ももはら久生/ももはら ひさお
平成中期生まれ。幼少期を沖縄県の離島で過ごす。学校に馴染めず、日々面白いことを妄想しながら学生生活を過ごす。2017年、大学で民俗学を専攻するため京都に上京。アルバイト書店員として生計を立てるかたわら、漫画、小説、映画、絵画などの芸術分野に興味を持ち始め、自分の気の赴くまま様々なものを見聞きし鑑賞するようになる。2022年、適応障害、持続性抑うつ障害を発病。生きづらさを抱えながらも生活するためのリハビリテーション活動「健やかな生活」を立ち上げる。現在、noteマガジン『深夜のコンビニエンスストア』を有志と更新中。
Twiiter→@sukoyakaklub
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