世のお母さんは忙しい。仕事だったり、家庭だったり。日々、時間に追われ、自分を見失ってしまう瞬間もある。
タイムシェアカフェ『リバーサイドカフェ』や、京都聖護院にある京町家ゲストハウス『月と』で、みのり菓子を出店する小林優子さんは、本職では京都の菓子司の和菓子職人として働きつつ、お母さんとしての顔を持っている。まさに「三足のわらじ」を履く女性だ。
和菓子職人を目指した経緯から、家庭とみのり菓子の両立、そして、お母さんが家庭や仕事は別に、「もうひとつの居場所」を作り上げることの意義ー。
「自分自身を見失わないために、自分がやりたいと思っていることは、やってみたほうがいい」と語る小林さん。その芯の強さと、和菓子と家庭への想い。みのり菓子というもう一つの居場所があるからこそ生まれた、子育てに対する考え方の変化に迫った。
<Profile>
京都府生まれ。高校卒業後、調理専門学校に入学。調理専門学校卒業後、和菓子職人の道へ。出産を機にパートに転向し、二人の子供を育てつつ、自らの和菓子を発信する「みのり菓子」の活動を始める。現在はリバーサイドカフェでの毎週月曜日に出店しつつ、9月より京都聖護院にある京町家ゲストハウス『月と』での出店も開始。
みのり菓子は「とりあえずやってみよう」からスタートしたんです。
ー小林さんは高校を卒業後、調理専門学校へ入学し、その後、和菓子職人の道を進まれていますが、なぜ、和菓子職人という職業を選んだのでしょう。京都という土地柄、和菓子が身近だった、とか?
いえ全くそういうわけではないんです(笑)和菓子が頻繁に出てくる家だったということでもなかったですし、それに子供の頃はイラストレーターになりたかったんですよ。
ーえっ。そうなんですか。ではなぜ調理の道を道を選ばれたのでしょう?
母がお菓子作りが好きで、よくクッキーやパンを作ってくれていたんです。ある時、私にお菓子作りの本を見せてくれて、なぜか「私にもできるかも」って思ったんですよ(笑)それで実際に作ってみたら、それが子供心にも楽しく楽しくて。そこからは毎週日曜日はお菓子作りをしていて、それで、自分の心もだんだんお菓子作りへの道に傾いていったんです。
ー和菓子との出会いは、いつ頃になるのでしょうか?
調理専門学校に通っている時ですね。
実は、もともと、私は洋菓子職人になりたかったんです。でも、ある日、授業で和菓子職人の方が来て実演をやったんですね。その時に、その職人の方が手のひらだけでお花や葉っぱの形を作ったのを見て衝撃を受けたんです。「なんてすごい世界なんだ!」って。その衝撃が大きくて、そこからどんどん吸い込まれるようにのめりこんでいきました。
ーその後、調理専門学校を卒業後に、京都市内の和菓子店に修行に入られますが、やはり修行は厳しかったですか?
そりゃあもう(笑)毎日泣いていましたね。
でも、周りの先輩がすごい方ばかりで、とにかくそれにしがみついていこうと思って、毎日必死にやっていました。だから、辛いから辞める、という選択肢はなかったですね。
ー小林さんが考える和菓子職人という職業の面白さはどんなところでしょう?
自分の手のひらだけで自然や和歌の世界を表現できることですかね。どんなに小さいお菓子でも、そこには世界が詰まっている。まるで宝箱みたいですよね。
ー小林さんは本職である和菓子職人と並行して、自らのお店である「みのり菓子」を始めることになりますが、なぜ「みのり菓子」を始めようと思ったのでしょうか?
職場で作る和菓子と、自分が表現したい和菓子は違うなーと薄々思っていたんですね。でも、それを言葉にもできないし、形にもできていなかったんです。だから、とりあえずやってみよう、って思って、勢いでスタートしたのが始まりですね。とりあえず、何か自分を表現できるお菓子を一個作ってみようって。
ー本職で作るお菓子と、ご自分が作りたいお菓子にはどういう違いがあるのでしょう。
まず、本職のお店は菓子司といって、茶道で出されることが前提で和菓子が作られるんですね。抹茶の邪魔はしてはいけない、という大前提がある。そのルールの中でしか、自分を表現する和菓子を作ることはできないんです。もちろん、そこにやりがいや面白さはあるんですけど、私は器とお菓子を一体化させて、その二つを繋げるものを作りたい!という想いを持っていたんです。その自分が持っている想いを具現化するために、みのり菓子を始めました。
幸い本職の社長がとても理解のある方なので、私のこの挑戦を後押ししてくれました。「あなたの自由にやってみたら」っておっしゃってくださいましたね。
自分を見失わないためにも、やりたいことがあるお母さんは、諦めずにやってみたほうがいいと思います。
ー小林さんは現在、中学三年生と小学校一年生のお子さんを育てながら、和菓子職人とお母さん、そしてみのり菓子と、いわば「三足のわらじ」を履かれていますが、時間や体力的に大変ではないですか?
大変ですよ(笑)でも、私は元々、負けず嫌いな性格で、子どもを理由にして、自分のやりたいことを諦めたくなかったんです。子育てしながらでも、自分の想いを実現したかったんですよね。
それでもやり始めの頃は、家庭とみのり菓子の活動の時間の両立に四苦八苦していました(笑)最初は子どもと会話をしながら、手は作業、みたいなことをしていたんですけど、無意識に自分を優先して、子どもを後回しにしてしまっているな、と感じてしまう瞬間があって。それで「ながら作業はやめよう!」って反省して、家のことはきっちりとタイムスケジュールを決めて行うようになりました。今は子どもが寝付いた夜の11時~1時までを自分の時間というように設定して、そこでお菓子の試作やメニューの考案を行うようにしていますね。
それに、子どもたちにも変化があって、例えば私がなにか作業していても「お母さん明日カフェだよね」って理解を示してくれて、自分たちだけで遊んでくれるとか。そういう子ども達のそういう言葉や行動にはすごく助けられています。
ーそんな忙しい日々の中でも、みのり菓子での活動をやり続ける理由はなんでしょう。心が折れてしまう瞬間はありませんか?
しょっちゅうポキポキ折れてますよ(笑)でも、新しいお菓子を自分で考えて、自分の手で創り上げられるのが嬉しくて嬉しくて。
みのり菓子は「果物」をテーマにしているんですけど、季節ごとに取り扱う果物を変えて、その一個の新しい果物から、何種類もお菓子を考えるのが、もうすごく楽しいんです。
例えばリバーサイドカフェでの出店を始めた時は、お客さんが求めているものを出せているのか、自分の気持ちがグラついていたんですね。不安があったというか。でも、お客さんの「美味しい!」って表情を見たときに、みのり菓子のお菓子を受け入れてもらったという安心感が背中を押してくれるんです。
それに、みのり菓子の活動を始めて、人としても成長できた、と感じるんです。みのり菓子をやっていなかったら、「意外と自分って、時間をやりくりしながら、色々なことを考えることができるんだ」って発見もできなかっただろうし、お店に来てくれるお客さんにも出会えなかったですから。家庭や仕事以外でにも、人との繋がりができた、というのは精神的にもとても大きい。すごく救われています。
ー自分でやりたいことを持っていても、子育ての忙しさから諦めてしまうお母さんも多いですよね。
子育てってとても尊いことだし、家族がいるってとても幸せですよね。でも、人生ってそれだけじゃないと思うんです。自分自身を見失わないためにも、やりたいことがある人は、諦めずにやってみたほうがいいと思います。
私の場合、みのり菓子が、誰にも抑え込まれることなく、自分の感情とか、感性を思いっきり出せる場所であり、時間なんです。みのり菓子の活動で、もう一人の自分、自分の分身を作り出している感覚ですね。もう一つの自分の居場所というか。みのり菓子は、私にとって、友達の家に遊びに行くのと同じ感覚。そこには、母親とも、本職の和菓子職人の時とも、違う表情の私がいる。
実際に、私も子育て中は「子ども、子ども、子ども!」ってなってしまう瞬間もありました。でも、もう一つの自分の居場所があったら、例えば子育てにちょっと疲れたな、って思ったときに、そっちの居場所にちょっと寄り道したっていいと思うんです。
ー子育てって、どうしても自分のリソースを100%子どものために注がなければいけないイメージがありますよね。子どもを自分の分身として、自分の夢や将来を投影してしまったり、いつの間にか依存してしまう方もいらっしゃると思います。
子どもがどう考えているのかって、結局、子供にしかわからないんですよ。うちの場合、上の子が受験生ですし、私も「こうしたらどう?」って言ってたんですけど、「僕はこうしたいんだ!」って子どもがしっかりと私に意思表示したんですね。その時にハッとして、もしかしたら、私が子どもに対してアドバイスしていたのは、私が楽な方に逃げたかっただけなのかもしれない、って気が付いたんです。子どもは子どもで、明確に自分の意思を持っているものなんだって。だから、子どもの話に耳を傾けて、その話をしっかりと聞いて、子どもの意思を尊重して道を示してあげるのは、親として逃げていることじゃない。
私は、みのり菓子というもう一つの居場所があるからこそ、子どもの話を冷静に聞いてあげられているなって思います。もしかしたらみのり菓子がなかったら、子どもの意見を冷静に聞けていなかったのかもしれない。だからこそ、家庭や仕事とは別に、母親が自分を表現できる場だったり、もう一つの居場所を作るのって大切だなって思うんです。
子どもって、ある程度の年齢になったら、子どもたちの力だけで物事を解決することができるんです。子どもって、自然と親の手を離れて行く。そんな時に、やりたかったこととか、目についたものに手を出してみるのもいい。それがもう一つの自分の居場所を作り出してくれるかもしれませんから。
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