気持ちに凹凸がある人は、生きる知恵やサバイバル術を見出しやすい人ー鈴木悠平(文筆家)

仕事や人間関係でのミスマッチ。そのストレスから発症してしまうという適応障害。

今回、インタビューを受けてくれたのは、2018年の夏に適応障害と診断を受けてから、自分の心と体と向き合いつつ、幅広い活動をしている鈴木悠平さん。

鈴木さんは、適応障害は「誰にでもなり得るもの」だと語り、自らが理事をつとめるNPO法人『soar』や、noteなどで適応障害について積極的に発信をし続け、まさに適応障害と向き合い、二足の草鞋で歩んでいる人だ。

インタビューで見えてきたのは、「弱さ」を受け止めつつ、「弱いままでも生きていける」と話す鈴木さんの、社会で生存し続けるため戦略。

今回は、その鈴木さんが唱える「生存戦略」についての話を伺った。 



<Profile>

鈴木悠平

文筆家・インターミディエイター®/LITALICO 社長室 チーフエディター/NPO法人soar 理事

1987年生まれ。

一人ひとりが<わたし>の物語を紡いでいける社会を目指して、執筆・編集業を中心に活動。

現在は、株式会社LITALICOおよびNPO法人soarでの事業運営や文筆活動を通して、障害や病気、その他さまざまな要因で生きづらさを感じている人たちとかかわりながら、人が物語を通して回復していくプロセス、<わたし>と<あなた>の物語が響き合うなかで新たな希望が見出されるプロセスの探求、伴走、創出をこころみている。


人生っていう山には、人それぞれ、色々な登り方がある。


ー鈴木さんが適応障害の診断を受けた当時のnoteを拝見すると、適応障害という診断を冷静に受け止めているなという印象でした。

僕は普段、適応障害を含む精神疾患をはじめ、さまざまな障害のある方への支援や情報発信をしている会社に勤務しています。だから自分にとって精神疾患は特別珍しいものではなかったんです。例えるなら、テニスのネットでボールがどちらに落ちるか、くらいのもので、誰にでもなり得ることなんだな、という意識でした。

僕自身、診断直後にnoteを書くくらい、オープンにすることに抵抗はなかったですし、適応障害に関する記事もsoarなどで作っていたので、診断を受けても冷静に受け止められたんですよね。もちろん、誰でもそうできる、そうするべきとは思っていません。でも、僕の場合は、開示することが自然なことだったんです。


ー仕事は休職せずに続けられたんですよね。それも大きな決断だと思います。

適応障害と診断を受けた方は無理せず休んだ方が良いと思いますけどね(笑)診断を受けてからは、以前のように朝から夜遅くまで、みたいな働き方はしないようにしています。土日はしっかりと睡眠を取るようにしたり、複業の負荷を減らしたり、創意工夫をして体調管理をするようになりましたね。

業務に関しても、ちょっとずつ自分が抱えている荷物を減らしたり、体を休めたりしながらゆっくりやっています。状況はどんどん変わるけど、適応障害という診断を受けてゼロになるというよりは、発症した後の自分の体とうまく付き合いながら生きていく、みたいな感じですね。


ー適応障害という診断を受けた時、動揺というか、気持ちの落胆はなかったんでしょうか?

発症したことに対するショックはなかったですね。というのも、そういう症状が出るのは体からのサインでもあるし、結局、個人と環境とのミスマッチによって障害というのは起こる。病気になった人が悪いとか、弱いとかではなくて、その人が持っているものと周囲の環境が噛み合わない時に、どこかにシワ寄せが来る。それが障害となってあらわれるだけだから、誰かが100%悪いということではないんです。前ほどエネルギッシュには働けない自分を冷静に自覚して、螺旋階段をちょっとずつちょっとずつ登っていくような感覚ですね。


ー発症してからうまく適応障害との付き合い方を見つけていったという感じでしょうか。

そう。終わりなき自分研究を続けていく、という感じですね。病気をきっかけに自分の体や心の感受性を上げていくんです。どういう時に自分は落ち込むのか、とか。適応障害になると体が覚えるから反応が出やすくなる。発症直後はもっと弱っていたんですけど、今はもっと冷静に観察できるようになりましたね。「先週は仕事が立て込んでいて夜遅くなったから今週は負荷を下げた方がいいな」とか「昨日遅くなったから今日は早めに寝よう」とか。病気をきっかけに心と体との対話を以前よりもしっかりするようになりました。適応障害や精神疾患を一度患った人は、外からの刺激に対する感受性が高まっている。でも体の声が聞こえやすくなっているのは悪いことじゃないですし、その分、他の人より丁寧に体のサインを察知して、ケアしてあげた方がいい。気持ちに凹凸がある人って、その分、生きる知恵だったり、サバイバル術を見出しやすい人だと思うんです。


ー適応障害を発症してから働き方は変わりましたか?

変わりましたね。責任もあったし、やりがいや裁量もあったけど、もう以前のような働き方は無理かなーと思っています。

20代はシャカリキ働け、みたいな話も、それって結局、生存者バイアスなんですよね。それも嘘ではないと思いますけど、それで生き残った人が言っていることなので。人生っていう山には、人それぞれ、色々な登り方がある。「20代トップギア至上説」が合わない人もいっぱいいるし、早めにそれに気がついた方が良いと思うんです。


ー鈴木さんのnoteに書かれていた「いのちにだいじに作戦」も印象的な言葉でした。鈴木さんはnoteやsoarで自分の症状を発信されていますよね。

僕にとって文章を書くことは日常の所作でしたし、記録として残していくと今後役に立つなと淡々と書き進めましたね。僕のように管理職という立場で開示する人や、適応障害でありつつも、就労継続している人の発信って、思ったよりあんまりないんですよね。というのも、そのことについての発言をためらう空気とか、社会からドロップアウトしたくない、みたいなのがあるんじゃないかと。だから僕のライフログはそれなりに珍しいし、現在進行形で症状を記しておくと、価値が生まれるかな、と思ったんです。それでいざ書いて、発信してみたら、「実は俺も・・・」って連絡がたくさん来て。それは僕も想定していないことでしたね。人との繋がりもできるし、これをきっかけに新しいテキストが生まれたりもしたし、僕の場合、適応障害を発症して人生が豊かになりましたね。


ーnoteに書かれていた奥さんの「はなまるをあげる」という言葉も、力強い言葉ですよね。家族に打ち明けるのは勇気のいることではなかったですか?

妻は「そろそろこいつやべーな」って察知していたみたいで、折に触れて「ちょっと休んだら?」って言ってくれていたんです。だから、僕にとって適応障害のことを家族に話すのは勇気のいることではなかったんです。

適応障害について誰にどう話すのか、っていうのは、「こうしなさい」って強制するものではないんですよね。一人一人、自分が置かれた状況によって本人の受け止め方も違うし、誰に言えるかっていうのも、言える人数もそれぞれ違う。でも、味方は絶対ゼロではないですし、一人で抱え込んでしまうのはやっぱりしんどいことなので、まずは信頼できる人に言ってみる。自分が信頼を置いている相手って、意外とフラットに受け止めて支えてくれるものだと思うんですよ。話す相手を選べば、開示することのリスクってほぼないんですよね。むしろ相談先とか味方が増えますし。


まずは主治医の先生が一番。仕事を休む休まないの判断は家族や主治医と相談した上で、まず自分にとって何が大事なのか。それを整理してみるのが良いと思います。自分の中の優先順位を決めて生存戦略を立てるんです。休職できるならした方がいいし、どうしても休めない時は僕のnoteやsoarの記事を参考にしてもらって、外せないものだけやりつつ、他のストレスを最小限にするのが良いんじゃないかな、と。どういう組み合わせで生存戦略を立てるかは人によってそれぞれ違うので、ひとつの参考にしてもらいたいですね。仕事も、目先の納期がどうとか、そんなの生きる上では関係ないですよ。開き直った方が案外新しいチャンスが見えてくるものだし、発症してる時点で、自分と周囲の環境が合っていないサインですから、自分を見直すきっかけにもなる。もしかしたら、それによって他のメンバーの才能が花開くかもしれない。あまりネガティブな意味で取ってほしくないんですが、ほとんどの仕事は、自分以外の誰かでも代替可能だし、自分が休んだとしても、それはそれで世界は回るんです。あまり自分の力を過信しすぎない方が、楽になるかなと。


ーもっと仕事を気軽に考えてみても良い、と。

そうです。みんなにとっての変革のタイミングなのかもしれない。こういうことが再び起こらないために、働き方だったり、仕事の内容だったり、割り振り方だったり、環境を見極めた方がいい、ってサインなんです。組織側もそういう人が出るってことは、「エラーが出ているよー」っていうことなので。


ー会社にとっても新しい流れ。血液を循環させる感じですね。

自分でその流れを堰き止めない方が良いんですよね。それって誰も得しないことですから。その流れを止めてしまうと、会社はその深刻さをキャッチし損ねてしまう。自分を責める必要は全くないんですよ。なにせ病気になっているんですから。


弱い人たちが見ている世界とか、考え方、感じ方が、ブレイクスルーになることもある。


ー現在、鈴木さんは書籍を執筆中だとお聞きしました。

soarの取材だったり、noteをまとめた書籍ですね。「弱さ」をテーマにしています。弱さをテーマにしようと思ったのは、自分が適応障害という診断を受けたから、っていうのもありますし、弱いままでも生きていけるっていうのを伝えたかったんです。

「強い人」と「弱い人」がいるんじゃなくて、同じ人間の中にも強い要素と弱い要素があるし、それは時間によっても変化していくものだと思うんです。今までは個人のキャリアだったり、スキルがどうとか、年収がいくらとか、「強さ」の方に焦点が当たりすぎていたんですよね。でも、それって自分が健康で働き続けられるのが前提ですよね。


ー多様化が認められる社会になる兆しもありますし、これからは「弱さ」を抱えた人にとっても、社会的な変化があると思います。

長い時間軸で見ると、弱さを覆い隠したり、忌避したりする必要ってないんじゃないの?って思うんです。上にも下にも、色々な波があることを前提にした社会になれば良いなって。弱さをさらけ出さなきゃいない、っていうことではなくて、ブレーキをかけなくて良いんじゃない?弱さを肯定してあげても良いんじゃない?って。

障害っていうのは、常に人と人との関係性の中にあるんですよね。「強い人」と「弱い人」が二極で存在するっていうことではなくて、環境によっては誰でも弱者、強者になることがある。逆に弱い人たちが見ている世界とか、考え方、感じ方が、ブレイクスルーになることもある。結局、パズルのピースがどの場面で、どうハマるか、っていうことでしかないんですよね。

メンタルヘルスに関するnoteのまとめはこちら


ニソクノワラジ

『働きながら、自分の生き方、居場所を模索する方々に、勇気をー。』 仕事をしながらでも、創り、表現をして、アイデンティティを世の中に発信し続ける複業クリエイターやアーティスト達。仕事をしながらでも、自分の居場所を見つけるために、日常の中で模索する社会人たち。ニソクノワラジは、仕事と創作活動、表現活動の両立に悩んでいる方などに 「仕事をしながらでも自分の居場所は作れるというメッセージを伝えます。

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