東京から島根へ移住。地方からビジネスを発信する夫婦のカタチー二木拓磨・二木春香夫妻(株式会社COME TREES/出版プロデューサー・PRプロデューサー)

「夫婦というチームのカタチに迫る」をコンセプトにした、ニソクノワラジのスピンオフ企画『ニニンサンキャク』。


今回は島根県で出版プロデュースやPRプロデュースの仕事をされている二木拓磨・春香さんご夫妻にインタビューを行いました。

東京から春香さんの出身地である島根に移住したお二人。ですが、実は「まったく島根に帰る気はなかった」のだそう。

そのきっかけと、移住したことで変わった夫婦の関係とは・・・?


インタビュー中も仲むつまじさがありながら、ビジネスパートナーとしてもお互いを認め合う視線が時折顔を出す二木夫妻。

島根から、夫婦でビジネスを発信する。お二人の出会いから、島根への移住、そして夫婦の未来についてお聞きしつつ、その夫婦のカタチについて紐解きました。


<Profile>

二木拓磨・二木春香

島根県在住。2009年に結婚。2010年に第一子を出産後、東京から春香の地元の島根に移住。2017年に株式会社COME TREESを設立。出版プロデュースとPRプロデュースを行っている。

小4、年中、0歳の3人の男の子と、5人家族。


夫は出会った日から、価値観を壊してくれる人だった。ー春香


妻は出会った時から「サラリーマンと結婚する気はない!」って言っていましたね(笑)ー拓磨


ーお二人の会社は出版プロデュースとPRプロデュースを提供されています。ご夫婦でビジネスをするようになったきっかけを教えてください。


春香 転機は今年の第3子の出産なんです。だから、まだ一緒にビジネスをする様になって浅いんですよね(笑)実はそれまでも、それぞれで経営者や起業家のコンサルティングなど、同じような分野の仕事をしていたんです。でも、お互いに協力はしていたけど、夫は個人事業主として、私は法人化をして別々の形態でした。それで、去年、私の第三子の妊娠がわかって、会社の売り上げを立てるには夫の協力が不可欠になったんです。


拓磨 ちょうど今年はコロナ禍で、私はセミナーを東京で行うのが難しくなっていて。妻はセミナーの集客が得意だったので、これはちょうどいい機会だ、ってことで、出版プロデュースの事業を妻の会社でも提供するようにしたんです。


春香 夫はコンサルティングが丁寧だって定評もあったし、出版プロデューサーという仕事柄、私が知らない情報も知っている。それで出版セミナーを始めてみたら、思いの外、いい感じに進んだんです(笑)


拓磨 本当に思いの外だったよね。そのまま今に至る、って感じですね。

二木拓磨
出版コンサルタント
1981年、神奈川県生まれ。 東京工業大学大学院修士課程修了。メーカーで研究職として勤務後、ITベンチャーなどを経てフリーランスに。東日本大震災をきっかけに出版プロデュースの仕事が増え、出版コンサルタントに。
【主な実績】
『算命占星学入門』(100万部)※編集協力/『ねこ背は治る!』(30万部) ※販促協力/『髪は増える!』(5万部)※/『SUPERFREEAGENTSTYLE』(5万部)※販促協力/『頑固なかゆみもアトピーも1分肌活で必ずよくなる』 (3万7000部)※企画協力/『即決営業』(1万5000部)※企画協力、編集協力/『世界一やさしい障害年金の本』 (1万部)※企画協力/『自分ブランドで稼ぎなさい』(6刷)企画協力・編集協力・表紙デザイン/2011~2013年、本田健氏の出版ノウハウ関連セミナーの企画·集客·運営を担当。/2012~2018年、出版プロデュース会社にて出版塾を立ち上げ、メイン講師を担当。/2016~2019年、セミナー会社にて出版合宿を提供。現在は主にオンラインにて、商業出版、電子書籍、P O Dの出版プロデュースを行っている。


ーなるほど。そもそもお二人の出会いのきっかけは?


春香 中村文昭さんという方の講演会で知り合いました。


拓磨 妻は出会った時から「サラリーマンと結婚する気はない!」って言っていましたね(笑)


春香 え!そんなこと言ってたっけ!?(笑)


ー(笑)それはなかなかインパクトのある発言ですよね。


春香 うーん。当時「サラリーマンと結婚したくない」って言っていたのは、安定した大企業に勤めているサラリーマンでも鬱病になったり、突然会社にいけなくなったりするニュースを見て、「サラリーマンでも本当の安定があるわけじゃないんだな」って知ったからだと思いますね。当時の私の心には、残業も休みも自分で選べない人生ってなんだろう・・・って、疑問が湧いていて。

でも、夫は出会った日から私の価値観を壊してくれる人でした。まず出会ったタイミングが、当時勤めていた企業の最終出勤日の前日だったんです。


ーえ!?前日ですか?


春香 そう。当時、夫は大企業で研究員で。安定したしっかりした職を明日で辞するっていうのに、とても満足そうな表情をしていたんです。「こんなに充実したキャリアを簡単に手放せる人がいるんだ!」ってものすごい衝撃で(笑)


拓磨 (笑)


春香 あと、当時は私自身が夢を追うのを諦めていて。本音は夢を追いたい人なのに、その気持ちを封印して生きていた。だから夢を追っている人に惹かれたんだと思います。


拓磨 ダメンズウォーカーだったんですよ(笑)夢を追う男に恋をした結果、稼げない男と付き合う、っていう。


春香 そうそう。夢追い人が好きだったんです(笑)


二木春香
広報&マーケティング プロデューサー
島根県よろず支援拠点 コーディネーター
中小企業庁委託事業 ミラサポ登録専門家
島根県信用保証協会 専門家派遣事業

「結(ゆい)」登録専門家

1979年、島根県生まれ。筑波大学卒業後、株式会社ダイエー入社。東日本大震災をきっかけに、地元島根にUターン。料理教室の先生を経て、起業コンサルタントに。現在は、企業、個人起業家、にP RやS N S広報、マーケティングを教えている。「地方の発信力を底上げする」がミッション。


代表ブログ https://ameblo.jp/findingnote/

Facebook https://www.facebook.com/futatsugi.haruka.9

Instagram https://www.instagram.com/haruka_futatsugi/

Twitter https://twitter.com/haruka2trees


ーその当時の拓磨さんの夢ってなんだったんですか?


拓磨 「プロジェクトX」のように、商品の背景にあるストーリーを伝える仕事がしたいと思っていました。ストーリーを伝えることで商品プロモーションとなる仕事をしたかった。でも、当時はPRやマーケティングって言葉すら知りませんでした。今思えば、別に退職せずに、当時の会社の中で部署異動することもできたのかもしれないな、と(笑)


春香 もっと安全な生き方の選択がね(笑)


拓磨 でも何も知らないし、若かったから、その夢を追うには仕事を辞めるしかないなあ、って。25歳くらいだったんですけど、もう最後のタイミングかなって。


島根で暮らすようになってから、明らかに妻のストレスが減ったと思いますね。ー拓磨


私は何を肩肘張って東京で頑張ろうとしていたんだろう、って(笑)ー春香


ー今はおふたりで島根に移住されてビジネスをされていますが、ぶっちゃけ、東京の方が出版プロデューサーのようなストーリーを伝える仕事もしやすいですよね?なぜ、春香さんの故郷である島根にUターンされたんでしょうか?


春香 本当は一生、島根に戻るつもりはなくて(笑)


拓磨 一生ってすごいね(笑)


春香 ずっと東京に住み続けるつもりだったんです。仕事もやりがいがあったし、ある程度認められて、評価もしていただいていました。でも、今の会社でキャリアを積むのもいいかな、って思っている一方で、中学生の時から夢だった「いつか社長になりたい」って気持ちも持ち続けていて。

あとは、その頃、私、アトピーがひどかったんです。そのアトピーを薬を使わずに治したいな、って思って、「食」について学びと研究を始めたんですね。それで、食べるもので体も変わるし、気持ちが安定することに気がついたんです。それで、いいことを知ったからみんなに教えてあげたい、って気持ちで、東京で料理教室の先生になろうかなって考え始めた矢先に、東日本大震災があって・・・。それでまたアトピーがすごくひどくなってしまったんです。起き上がれないほどでした。それで島根に一時避難しました。その頃はすでに長男が生まれていて、子どもが3歳までは育休を取れたので、そのまま島根に住み続けることにしたんです。子どもが3歳になった時に東京に戻るか考えたけど、島根はそもそも食材が新鮮で充実しているし、母からのサポートも手厚く、島根に帰ってきて体調も良かったので、「東京に戻るよりも島根だな」って。そのまま定住したんです。


拓磨 私はそのまま東京に1人残って出版プロデュースの仕事をしていたんですけど、月に一回、島根へ出動せよ、という業務命令が発動していました(笑)


ー業務命令(笑)拓磨さんは藤沢市のお生まれで生粋の関東人ですが、地方移住に抵抗はなかったんですか?


拓磨 それはなかったですね。島根はめちゃくちゃ静かで仕事もしやすくて、住み心地も良かったので。インターネットも問題ありませんでしたし、今で言うところの在宅ワークを始めていました。


ー島根に移住して夫婦関係で変化したことはありますか?


拓磨 島根で暮らすようになってから、明らかに妻のストレスが減ったと思いますね。


春香 島根に移住してきて、親のサポートのありがたみに衝撃を受けたんです。東京でも私が寝込んじゃった時とかは友達が手伝ってくれて、周りの人にも助けられていたんですけど、地元に戻ってみたら親のサポートは比べ物にならないほど半端じゃなくって。身内が近くにいるって、こんなにありがたいことなんだ!親の力ってすごいな、って感じましたね。と、同時に、私は何を肩肘張って東京で頑張ろうとしていたんだろう、って(笑)


拓磨 実際にそれ、口に出してたよ(笑)


春香 東京にいた時は何者かになろうとしていたんです。私にも理想があって、その理想を叶えるために、夫にも自分と同じ生活スキルや気持ちを求めていました。だから、自分の理想に沿って夫が動いてくれないと怒りが湧いてきたりもして。でも、それが島根に来て、親のサポートのおかげで気持ちが和らいだんです。おおらかになりましたね。

例えば東京にいる時は子どもに与える食事のこととか、ルールで自分をガチガチに縛っていたけど、島根はそもそも食材がいいので、そこまでルールに縛られなくても大丈夫だな、とか。気持ちが穏やかにゆるんでいきましたね。


拓磨 島根に住んで、たまに東京に行くくらいのバランスがちょうどいいよね(笑)


春香 そうそう!その暮らし方がベストだな!って(笑)あと、今は家事をアウトソーシングしているんですけど、それによって、気持ちに余裕が出ていると思いますね。気持ちに余裕がないと、子育ても家事も「もっと手伝ってよ!!」って夫に求めてしまって、それがイライラになっていましたね。家事をアウトソーシングをすることで、家族に優しくできるようになりました。


ー家事をアウトソーシングすることに後ろめたさは?


春香 あったあった!でも、後ろめたさの種類が違うかも。昨日掃除してもらったのにすぐに散らかしてごめんなさい!って後ろめたさですね。家事代行の人が来るからその前に片付けなきゃ!せめてパンツくらいは洗っておこう!って(笑)家事代行の方もベテランの主婦なので、その方達に対して、家事ができていない自分を見せるのに抵抗感はありましたね。


拓磨 家事代行をお願いするのも奥が深いよね。


春香 そうそう。家事代行をお願いするのって、恥ずかしい自分をちょっとずつ人に見せる練習でもあって。人に何かをお願いするのって、人生においても大事なことですよね。その練習になっていると思います。


ー家事をアウトソーシングするようになって、子どもとの接し方で変わりましたか?


春香 私は子どもに優しくする余裕が出来たかなあ。ストレスを溜めないことが一番だ、って人生ではじめて気がついたんですよね。それまでは妻や母はこうある”べき”に縛られていました。家事をアウトソーシングすることで、その”べき”という縛りから抜け出せたと思いますね。


拓磨 自分がストレスを溜めないためにはご褒美が必要ですよね。家事代行はそのご褒美の一つなんじゃないかと。


私は夫が家にいてくれて、仕事をしてくれている今が一番満足なんです。ー春香


結婚は人間関係を長期的な目線で見れるのがメリットだと思います。ー拓磨


ー夫婦であり、ビジネスパートナーでもあるからこそ難しい、と感じる部分はありますか?


春香 日常的に「仕事をしてほしい、けど、家族の時間もとりたい」という気持ちのはざまにいることですかね(笑)


拓磨 お金も稼がなきゃいけないし、でも家族との時間も大切だし、そのジレンマはあるよね。


春香 なるべく夫の環境を整えて、メリハリを付けるようにはしていますね。仕事に集中してもらうために、家事や子育てはアウトソーシングや母の手を借りるようにして、夫にはスポットでのお手伝いをお願いするようにしていたり。で、その代わり、休みの日のお出かけや行事があったら、仕事よりも優先してもらう、みたいな。


拓磨 私も運動会とか誕生日とか、ここだけは絶対に外せないって行事は抑えるようにしていますし、今はコロナ禍もあって出張を抑えていて、常に在宅ワークなので、家族との時間も持てていますね。


春香 私は夫が家にいてくれて、仕事をしてくれている今が一番満足なんです。


ーお二人はこの先、どんな夫婦になっていきたいですか?


春香 私はこれからも変わらず、お互いの夢を応援できる夫婦になりたいですね。お互いの「得意」を活用して、苦手を補い合って、ビジネスでもプライベートでも夫婦で共に発展していきたいかな。


拓磨 うん。そうだね。


春香 私は10年かけてようやくその気持ちを見つけられた(笑)


ー今、結婚は「コスパが悪い」みたいな声もあったりますよね。


拓磨 ネットを見ると、そういった情報が溢れていますよね。でも、結婚は人間関係を長期的な目線で見れるのがメリットだと思います。例えば、私と妻が普通のビジネスパートナーだったとしたら、妻が料理教室をやっていて稼げていない時は「パートナーをやめた方がいいかも」ってなっていたかもしれない。でも、夫婦だからこそ「妻には才能があるから、いつか稼げるようになる」って思える。例えるなら、不動産投資とか株式投資みたいな長期保有みたいな考え方ですね。


春香 10年定期でお金を預けるみたいなね(笑)


ー一同笑


春香 これからの社会では、女性だから、男性だから、というのではなく、やりたいことをお互いに応援しあえる夫婦が増えたらいいな、と思いますね。

ニソクノワラジ

『働きながら、自分の生き方、居場所を模索する方々に、勇気をー。』 仕事をしながらでも、創り、表現をして、アイデンティティを世の中に発信し続ける複業クリエイターやアーティスト達。仕事をしながらでも、自分の居場所を見つけるために、日常の中で模索する社会人たち。ニソクノワラジは、仕事と創作活動、表現活動の両立に悩んでいる方などに 「仕事をしながらでも自分の居場所は作れるというメッセージを伝えます。

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